So-net無料ブログ作成

Kyotographie 2017 #2 [Exhibition 2017]

DSC_1586.jpg


2017年4月22日
京都市内各所




#12 Yan Kallen “Between the Light and Darkness” @ 無名舎
1階の奥にはカメラ・オブスキュラが置かれている。大きなレンズの付いた現代的な仕様だ。作家の写真は、モノクロの鋭いコントラストと端正な構図で道具の美しさを捉えたもの。個人的に参考にしたくなる作品群だ。


#11 Isabel Muñoz “Family Album / Love and Ecstasy” @ 誉田屋源兵衛 黒蔵
1階は、類人猿が見せる不安や喜びなど「人間的な」表情をとらえたシリーズ。添えられた解説には異論がある。確かに、言語を持つ人間だけが唯一の「将来を計画」する生き物である。それが不安を生むのは事実だが、でもおそらく不安には2種類あるのだ。将来を知る生き物だけが持ち売る不安と、全ての生命が本能の一部として持つ不安と。

2階のスーフィーダンサー過ぎ最上階のドームへと狭い螺旋階段を上がる。SMの「釣り」などを捉えた、神々しくも痛々しい写真群。撮影箇所がメキシコとタイだというのは何か意味があるのだろうか。リピ候補。


#10 Robert Mapplethorpe “Memento Mori” @誉田屋源兵衛 竹院の間
まずは浅田彰氏のトークショウ。スノップで気遣いができずコミュニケーション不全の人間ばかりが集まっている、自分も含めて。浅田氏は現在、京都造形芸術大学の教授をしているそうだ。80年代と風貌はほとんど変わらない。ポケットから分厚いサイフを取り出し、椅子の上に置いてトークが始まる。

・ムニョスとメイプルソープ(以下RM)は、今年度KGのテーマである「LOVE」のブラックホール。
・RMの新古典派的な構図は差別された者達をを高貴に見せるという逆説。
・しかしその制作に向けるアティテュードはカラヴァッジョの様でバロック的。ナイフを持ったRMの肖像。
・おおさか維新、出来損ないのファシスト。
・浅田用語の「土人」。今回のトーク中ではアメリカの白人を指す。
・多文化主義へのバックラッシュの時代(=現在)はメイプルソープの価値が見えにくい。
・そもそも新古典派的は(ナチ様式の様に)ファシズム的だが、それを逆説的に利用したRM。
・浅田氏はアラーキーはが嫌いな模様。その見解でスーザン・ソンダグと意気投合したらしい。
・80年代、RMは不安の時代から荘厳の時代へ移行する。バルトは後期が嫌いだった。
・ディランはノーベル賞を必要とせず、ノーベル賞がディランを必要とした。
・サム・ワグスタッフの功績。
・終盤、「あといっこだけ」の付け加えがなんども連続する。浅田氏、ノっていらっしゃるようで、観客として嬉しい。

RMの作品自体には特に付け加えるコメントも無い。RMはいつ見てもRM。肉体造形への執拗な拘り。浅田氏のお勧めに従い2階に展示された帯を見に行く。松井冬子とのコラボもある。鯉の絵が凄まじい。


#15 Zanele Muholi “Somnyama Ngonyama” @ FORUM KYOTO
黒人である自身が持つ漆黒の美を追求した画像。その美しさと不安な目つきが対象的。ガラクタをアクセサリーの様に扱うセンスがすごい。



2017.5.8追記

タイ人がナイフなどを頬に刺した写真はおそらく「Phuket Vegetarian Festival」の苦行者だ。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0